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概略

昔々の人たちは、精霊やガイド(守護霊)とつながりを持って生きていたんですね。ネイティブアメリカンやアイヌの人々がそうです。精霊やガイドたちと相談しながら日々を送ったんです。
文明の形ができてくると、人類のほとんどが相談しなくても生きていけるようになり、彼らとつながる感覚を忘れてしまいました。その感覚を持った者は特殊な才能があるとされ、巫女やシャーマンとなりました。皆の代わりに祈り、神託を受け取ります。けれど、つながる相手が必ずしも「善い霊」とは限らないんですね。「悪い霊」はおもしろがって神のフリをし、ニセの命令を与え、生け贄が必要となる事もありました。また、「善い霊」とつながったとしても、神託を受け取る側の感覚で、伝言ゲームのように間違った情報になってしまう事もありました。
神とつながるには、意識を集中しその感覚をより鋭くしなければならなかったため、儀式ができました。手順を一つ一つ進めていく事で、集中力を一気に高めたのです。やがてそれらは、まさに「儀式化」しました。権力を手に入れるため、自分に都合のいい神託を告げる事も平気で行われるようになっていきます。目に見えず心でつながるしかない神よりも、実際に目の前にある物品をあがめるようになる偶像信仰も出現します。 こうでなければならない、こうしなくてはならない、といった規律もできてきました。これらが「いわゆる宗教」です。
国家や宗教、学識といったものが生きる上で崇高なものとなり、スピリチュアルはどんどん生活から離れていきました。人々に理解できないものは、悪とされる事もありました。
しかし、天を仰ぐ時、自然を愛する時、芸術を堪能する時、人々はスピリチュアルを体験しています。そこには精霊が存在するからです。目には見えていないけれど、知らずに一緒にいて、知らずに見つめているのです。
地球は見捨てられたわけでもなく、人類は滅びに向かっているのでもありません。救いの手はいくつも差し伸べられています。60年代にスピリチュアル回帰が始まり、70〜80年代でじわじわと広がりました。90年代に多くの人々が学び、各地で意識変化が起こりました。80年代、地球や地球上すべての生命はレベル3(1〜12の中の)に上がりました。94年、ライトワーカーの大半はレベル10に、人類全体としては8に移行しました。(参考:本「ライトボディの目覚め」)

 

宇宙にはたくさんのたくさんの星がありますよね。
地球の歴史は宇宙の中では浅いですよね。人類(地球人)の歴史はもっと浅い。

他の星での人生をいくつもいくつも体験してやって来ている魂もいれば、この地球しか知らない魂もいます。他の次元からちょこっと3次元に来る魂もいれば、3次元から別の次元へちょこっと行く魂もいます。

地球より進んだ平和な星で繰り返し人生を送っていたのに、人々を助けるためにわざわざ地球へ生まれて来た魂を、スターピープルと呼びます。

天使が人間としての体験を積むため、また、人間として人を助けるために、3次元に生まれてくる事があります。これをアースエンジェルといいます。

別次元や別の惑星から、この世界へと『移ってくる』魂もあります。ウォークインと呼ばれます。人間が「もうこの人生から降ります」と選択した時、「では、その肉体を使用してもいいですか?」と相互承諾の上で魂が入れ替わります。

魂にも新しいものと古いものがあり、他の星も天使も別次元も体験している、混合型の人もいます。

地球上の人類の中では、特殊任務の子供達が生まれました。
インディゴチャイルドと呼ばれます。前世の記憶を持ち、生まれながらにしてスピリチュアルを知っています。(ただ、この現代社会の中で、残念ながら全員がうまく成長できたわけではありません)
インディゴを親にして生まれる特殊任務の子供達は、クリスタルチルドレンと呼ばれます。幼い頃より神性を発揮し、インディゴの親がそれをそのまま受容し育てていきます。
最近TVでもよく取り上げられている、『生まれながらにして何ものかである』子供達は、レインボーチルドレンです。彼らは天使に近く、自分達の能力発揮にとまどいはありません。

ここに書いた「特殊任務の人物達」は、わかりやすいように「基本」です。これにちょいと手を加えた「応用バージョン」や「例外バージョン」も多々ある事でしょう。また、人生のテーマ(「こういうふうに生きる」と決めている)や前世の因果関係も混じって来て、一概には判断しにくくなっています。しかし、これらの判別は問題ではありません。
ここでお伝えしたいのは、「人々をスピリチュアルに助ける事をテーマとして生まれた人々」の比率が、上がっているって事です。

 

般若心経、このお経に惹かれる人は多いんじゃないでしょうか。現代語訳はいろいろありますが、要約すると、「この世というものは有るようで無い。無いようで有る」。
この世、の部分を、苦難、人生の暗闇、 死、常識、地獄、貧しさと、どんな言葉にも置き換える事ができます。そうすると世界が広がります。例えば・・・

「イヤでイヤで仕方ないけど、○○に行かなくてはならない。だってそれが世間的常識だから」→「世間的常識なんて有るようで無い」 →行きたくないなら行かなくてもいいんじゃない?→「だけど、無いようで有る」→行かなかったらどうなるか?困った事になる!→じゃあ、どういう方法を取るのが一番いいかな?

「イヤだイヤだ」という思いに囚われていたのが、心にゆとりが生まれているのがおわかりでしょうか。もう一つ、いってみましょう。

「うちの子、他の子と違って自由奔放すぎ。とまどってしまう」→「皆と一緒なんて決まり事は有るようで無い」→悪意ある言動じゃないんだし、自由でいいんじゃない?→ 「だけど、無いようで有る」→自由に自分を表現しても良い時と、皆に合わせなきゃならない時を、区別するよう教えてみよう。

いかがでしょうか。

冒頭のリンゴの話を思い出してください。6人がリンゴについて説明してくれました。これを聞いたある人は、「リンゴとはすっぱくて緑色で煮たり焼いたりするもの」と覚えたとしましょう。これはその人にとっては真実なんですね。では、赤いリンゴを見た時、その人はどう思うでしょう?
1.「赤もあるって言ってたっけ。でも今までに見た事がない。ニセモノに違いない」
2.「赤もあるって言ってたっけ。これがそうなのか」
赤にもいろいろありますよね。いくつか並べてみましょう。その人はどう思うでしょうか?
1.「こんなにあるなんて、やはりニセモノだ!」
2.「リンゴってこんなに種類があるんだ」
1の考えは、その人の世界がそこでストップしてますよね。2は、広がりましたよね。

リンゴって赤も緑もあるのだ→「有るようで無い。無いようで有る」→もしかしたら他にも色があるかも〜。

さらに広がりましたよね。

これがスピリチュアルの世界です。「有るようで無い。無いようで有る」つまり、なんでもアリなんですね。「そんなはずはない」とか「だって常識では・・・」とかじゃなく、「これもアリ」「それもアリ」なんですね。これは固定概念をはずした状態、ニュートラルです。固定概念や社会常識は、あなたが生まれてから植え付けられた意識で、元々のあなたとは違うあなたになってしまっているんですね。
「運命は変えられない、変えられる、どっち?!」どっちもアリです。
「前世って本当に有るの?無いの?」どっちもアリです。
「因果関係って有るの?無いの?」どっちもアリです。
ここで大事なのは、「では自分は何を考え何を信じ、どう生きていくのか」が『本当の自分』の形成と確立であり、「『本当の自分』を最大限に表現するために、今、何ができるのか」がその人の『生き方』になるって事です。
単に自己主張するだけにとどまるのではなく、ここに他者への思いやりと優しさをプラスすると、なお素晴らしいと思いませんか。自己表現と他者への尊厳、両方を組み合わせて、「今、どんな言動を取るのがいいのか?」
自分の事ばかり押し付けるのではなく、相手の事ばかり優先するのでもなく、両方にとってより良い道を探し、実行する。うまくいかなければ、別の道を模索する。
スピリチュアルとは、これを延々と求めていく事です。

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